現代ビジネスにおいて、「データ」は新たな石油とも呼ばれるほど重要な資源です。この貴重な資源を誰もが活用できる形に整え、ビジネスの成長を支える専門家が「データエンジニア」です。
「データサイエンティストとは何が違う?」
「具体的な仕事内容は?」
「どうすればデータエンジニアになれる?」
この記事では、こうした疑問に答えるため、データエンジニアという職種の全貌を 2025 年の最新トレンドまで含めて、分かりやすく解説します。
現在のキャリアに限界を感じ、より専門性を高めたいエンジニアの方も、未経験からデータ分野へ挑戦したい方も。この記事を読めば、データエンジニアになるための明確な道筋が見えてくるはずです。
データエンジニアは、データ駆動型ビジネスの「基盤」を築く建築家である
もしデータがビジネスという名の建造物なら、データエンジニアはその「基盤」を設計・構築する建築家に他なりません。
どれほど優秀なデータサイエンティストがいても、どれほど美しいダッシュボード(BI ツール)があっても、土台となるデータ基盤が脆弱では、そのビジネスは砂上の楼閣で終わってしまいます。
データエンジニアは、社内外に散らばる膨大なデータを収集・整理・加工し、安全かつ効率的に使える「揺るぎないデータ基盤」を構築します。その基盤の上で、データサイエンティストやアナリストが価値を創造するのです。彼らの存在なくして、DX や AI 活用は始まりません。まさに、現代ビジネスの根幹を担う、きわめて重要な役割です。
データエンジニアの役割と関連職種との違い
データエンジニアの立ち位置をより明確にするため、混同されがちな関連職種との違いを見ていきましょう。それぞれの専門性を知ることで、データエンジニアの独自の価値が浮かび上がります。
データサイエンティストとの役割分担:データを「準備する人」と「分析する人」
最もよく比較されるのがデータサイエンティストです。両者の関係は、レストランの「シェフ(料理人)」と「最高の食材とキッチンを用意する専門家」に例えられます。
データエンジニア(準備する人)
役割: 分析や機械学習モデル開発に必要なデータを、いつでも使える状態に「準備」します。
業務: 世界中から最高の食材(データ)を集め、泥を落とし(クレンジング)、シェフが使いやすいように下ごしらえ(加工)し、整理された冷蔵庫(DWH)に保管します。また、効率的な調理(分析)ができるよう、キッチン全体の設計・構築・運用(データ基盤の構築・運用)も担います。
データサイエンティスト(分析する人)
役割: 準備されたデータを使い、統計学や機械学習を駆使して「分析」し、ビジネスに新たな知見をもたらします。
業務: 最高の食材(データ)と調理器具(分析手法)を使い、新たなレシピ(予測モデル)を開発したり、顧客が本当に求めるもの(ビジネス課題)を突き止め、最高の料理(インサイト)を提供します。
このように、データエンジニアが築いた「基盤」の上で、データサイエンティストが価値を最大限に引き出す、という強力な協力関係にあります。
データアナリスト、機械学習エンジニアとの違い
他のデータ関連職種との役割も比較してみましょう。
職種 | 主な役割 | スキルセットの中心 |
---|---|---|
データエンジニア | データ基盤の設計・構築・運用。データパイプラインの開発。 | プログラミング、データベース、クラウド、分散処理技術 |
データアナリスト | 既存データを分析し、ビジネス課題の発見や意思決定を支援する。 | SQL、BI ツール(Tableau 等)、統計知識、ビジネス理解力 |
機械学習エンジニア | 機械学習モデルを開発し、本番環境で安定稼働させるシステムを構築する。 | Python、機械学習ライブラリ、Web 開発、MLOps |
データアナリストとの違い: アナリストは主に「過去から現在」のデータを分析し、現状を可視化します。アナリストが「地図を読む人」なら、エンジニアは「その地図自体を作成し、常に最新に保つ人」です。
機械学習エンジニアとの違い: 機械学習エンジニアは AI モデルの開発とサービス化に特化しています。データエンジニアは、AI が学習するためのデータを供給する「エネルギー供給ライン」のような役割です。両者のスキルは重なる部分も多く、協力して MLOps(機械学習基盤)を構築することも増えています。
データエンジニアの具体的な仕事内容
データエンジニアの業務は、データを単なる情報から価値ある「資産」へと変える、大きく 3 つのフェーズに分けられます。
① データ基盤の設計・構築・運用(データレイク/DWH)
データ活用の「土台」を作る、最も根幹となる業務です。
設計・構築: ビジネスの目的に応じて、最適なデータの「保管庫」を設計します。
データウェアハウス (DWH): 分析しやすいように整理されたデータを格納する倉庫です。BigQuery (GCP) や Snowflake、Amazon Redshift (AWS) といったクラウドサービスが主流です。
データレイク: あらゆる形式のデータを、ひとまずそのままの形で保存する「湖」です。Amazon S3 や Google Cloud Storage がよく使われます。データレイクに全てのデータを集め、必要なものだけを DWH へ送る構成が一般的です。
運用: 構築したデータ基盤が安定稼働するように監視・保守します。パフォーマンスの最適化やセキュリティの担保、障害対応も重要な責務です。
② データパイプライン開発と ETL/ELT 処理
データ基盤という「器」へデータを流し込むための「水道管」を開発・運用する、中核業務です。
データパイプライン: Web サーバーのログや社内システムなど、様々な場所からデータを集め、DWH まで届ける一連の処理フローを指します。
ETL/ELT 処理: パイプラインの中核をなす処理です。
ETL: データを「抽出し(Extract)」、使いやすく「変換・加工し(Transform)」、DWH に「格納する(Load)」という伝統的な手法です。
ELT: 先に DWH にデータを「格納し(Load)」、DWH の強力な計算能力を使って「変換・加工(Transform)」する、よりモダンな手法です。クラウド DWH の高性能化に伴い、ELT が主流になりつつあります。
これらの処理は、Python などの言語や、Apache Airflow といったワークフロー管理ツールで自動化されます。
③ データ品質の担保とデータモデリング
ただデータを集めるだけでなく、「使えるデータ」にすることもデータエンジニアの重要な仕事です。
データ品質の担保: 「Garbage in, garbage out(ゴミからはゴミしか生まれない)」という格言の通り、不正確なデータからは価値は生まれません。欠損値の補完や表記ゆれの統一といったデータクレンジングを行い、データの正確性を保証します。
データモデリング: アナリストやサイエンティストが直感的にデータを扱えるよう、DWH 内のデータ構造を設計することです。これは、図書館の司書が本を分類し、利用者が探しやすいように配架する作業に似ています。
データエンジニアに求められるスキルセット
データエンジニアとして活躍するには、多岐にわたるスキルが必要です。ここでは「基礎」「専門」「応用」の 3 階層で整理します。
【基礎】必須のプログラミング言語(SQL, Python)
この 2 つは、データエンジニアにとっての「読み・書き・そろばん」とも言える必須スキルです。
SQL: データベースからデータを抽出・操作するための「データの言語」です。SQL を制する者はデータを制すると言っても過言ではありません。
Python: データ処理や機械学習の分野で圧倒的なシェアを誇ります。データパイプラインの構築や ETL/ELT 処理の自動化など、あらゆる場面で活躍します。
【専門】クラウドとデータベースの知識(AWS/GCP/Azure, DWH)
現代のデータ基盤は、そのほとんどがクラウド上にあります。主要なクラウドと DWH の深い知識は不可欠です。
- 主要クラウドサービス: 以下の 3 大クラウドのいずれか、もしくは複数に精通している必要があります。
- AWS (Amazon Web Services): S3, Glue, Redshift, EMR
- GCP (Google Cloud Platform): GCS, Dataflow, BigQuery, Dataproc
- Azure (Microsoft Azure): Blob Storage, Data Factory, Synapse Analytics
- クラウド DWH 製品: Google BigQuery, Snowflake, Amazon Redshift は現代データ基盤の三種の神器です。それぞれの特徴を理解し、要件に応じて最適なものを選定・設計・運用するスキルが求められます。
【応用】モダンな開発を支える知識(Docker, Airflow, Terraform)
より生産性が高く、スケールしやすいデータ基盤を構築するため、以下のツールの知識も重要です。
- Docker(コンテナ技術): 実行環境を「コンテナ」としてパッケージ化し、「自分の PC では動いたのにサーバーでは動かない」といった問題を解消します。
- Airflow(ワークフロー管理): 複雑なデータ処理の実行順序やスケジュールを管理し、パイプライン全体を自動化(オーケストレーション)します。
- Terraform (Infrastructure as Code): サーバーやデータベースの構成をコードで管理する手法です。手作業によるミスを防ぎ、誰でも同じインフラを迅速かつ正確に構築できます。
データエンジニアの年収とキャリアパス
高い専門性と旺盛な需要を背景に、データエンジニアは IT 職種の中でも高収入が期待できます。
年収レンジと市場価値の高め方
経験やスキルによりますが、おおよその年収目安は以下の通りです。(2025 年時点の首都圏を想定)
- ジュニア(〜3 年): 〜600 万円
- Web エンジニア等から転身した直後の段階。SQL/Python の基礎があり、指示のもとで業務を遂行できるレベル。
- ミドル(3〜7 年): 600 万円〜900 万円
- 自律的にデータ基盤の設計・構築をリードできるレベル。クラウドスキルに習熟していることが前提。最も需要が高い層です。
- シニア/リード(7 年以上): 900 万円〜
- チームの技術選定やアーキテクチャ設計を担い、大規模なデータ基盤全体を統括できるレベル。年収 1,200 万円を超えるケースも珍しくありません。
市場価値を高めるポイント
- クラウドネイティブなスキル: AWS/GCP のデータ関連サービスへの深い知識
- 大規模データ処理の経験: テラバイト〜ペタバイト級のデータ処理経験
- 上流工程の経験: ビジネス要件からデータ基盤のアーキテクチャを設計した経験
- モダン技術への追随: Docker, Airflow, Terraform などの活用経験

データエンジニアになった後のキャリア展開
データエンジニアは、その後のキャリアパスが多様な点も魅力です。
- データエンジニアリングスペシャリスト: 技術をとことん追求し、組織の技術的課題を解決するエキスパート。
- テックリード / エンジニアリングマネージャー: 技術でチームを牽引するテックリードや、組織・戦略を担うマネージャー。
- データサイエンティスト / 機械学習エンジニア: 自身が構築した基盤を活用する側へ転身。データへの深い理解が強みになります。
- データ基盤プロダクトマネージャー: データ基盤を「プロダクト」と捉え、全社のデータ活用戦略を担う、技術とビジネスの架け橋。

未経験からデータエンジニアになるための学習ロードマップ
未経験からでも、計画的にステップを踏めばデータエンジニアを目指せます。
Step1: IT 基礎とプログラミングスキルの習得
まずは全ての土台となる基礎知識を固めましょう。
IT インフラ・ネットワークの基礎: Linux の基本コマンドや TCP/IP など、IT の共通言語を学ぶ。
データベースと SQL: RDBMS の仕組みを理解し、SQL を自在に扱えるよう訓練する。
Python プログラミング: 基本文法から、データ処理で頻出する Pandas ライブラリまでマスターする。
Step2: IT エンジニアとしての実務経験
実務未経験から即データエンジニアになるのは困難です。近しい領域の IT エンジニアとして数年間の実務経験を積むことが、最も現実的なルートとなります。
推奨される職種
Web 系バックエンドエンジニア: DB と連携する API 開発などの経験は、データパイプライン開発に直結します。
SIer のインフラエンジニア: サーバーや DB の構築・運用経験は、データ基盤構築スキルと親和性が高いです。
これらの職場で実務経験を積みながら、クラウド(AWS/GCP)の知識を深め、キャリアチェンジを目指すのが王道です。
Step3: 関連資格の取得でスキルを証明
学習した知識を客観的に証明し、転職活動を有利に進めるには資格取得が有効です。
おすすめの資格
- クラウドベンダー認定
- Google Cloud Professional Data Engineer (GCP)
- AWS Certified Data Analytics – Specialty (AWS)
- 国家資格
- データベーススペシャリスト試験
- 応用情報技術者試験
【2025 年注目】データエンジニアリングの最新トレンド
市場価値の高いエンジニアであり続けるため、最新トレンドを常に把握しておきましょう。
MLOps/AIOps:AI の安定運用を支える機械学習基盤
AI モデルは開発して終わりではなく、継続的な再学習と安定運用が必要です。この機械学習モデルの開発(Dev)と運用(Ops)を統合し、効率化・自動化する考え方が「MLOps」です。
データエンジニアは、モデルの再学習用データを準備する学習パイプラインや、性能を監視するモニタリング基盤、AI が使うデータを管理するフィーチャーストアの構築などで中心的な役割を担います。AI 活用の成否は MLOps 基盤にかかっており、データエンジニアの重要性はますます高まっています。
生成 AI とベクトルデータベースの活用
ChatGPT に代表される生成 AI の台頭は、データエンジニアリングに新たな潮流を生んでいます。
LLM(大規模言語モデル)のような生成 AI は、テキストや画像などの非構造化データを扱います。これらのデータを AI が意味を理解できる「ベクトル」データに変換し、高速に検索するための新しい DB が「ベクトルデータベース」です。
今後は、自社データをベクトル化して DB に格納し、生成 AI がそれを参照して回答を生成するRAG (Retrieval-Augmented Generation) システムの基盤構築が、データエンジニアの新たなミッションになります。これは、データエンジニアリングの最前線と言えるエキサイティングな領域です。(※RAG:社内文書など、外部の最新情報を取り込んで AI の回答精度を高める技術)
まとめ
本記事では、データエンジニアの役割から仕事内容、スキル、キャリア、最新トレンドまでを解説しました。
最後に、重要なポイントを振り返ります。
データエンジニアは、データ駆動型ビジネスの「基盤」を築く建築家。
主な仕事は「データ基盤構築」「データパイプライン開発」「データ品質担保」。
必須スキルは「SQL」「Python」に加え、「クラウド(AWS/GCP)」「DWH」の知識。
高年収が期待でき、スペシャリストやマネージャーなど多様なキャリアが広がる。
未経験からは、まず Web/インフラエンジニアで実務経験を積むのが王道。
今後は「MLOps」や「生成 AI とベクトルデータベース」の領域で重要性が増す。
データエンジニアは、単なる技術者ではありません。ビジネスの未来を形作るデータを設計し、組織の可能性を最大化する、創造性豊かな仕事です。簡単な道ではありませんが、その先には計り知れないやりがいと将来性が待っています。
この記事が、あなたの次の一歩を踏み出すための羅針盤となれば幸いです。